前姫路市副市長 
飯島 義雄
(いいじま よしお)
行政や防災のプロ、しがらみゼロ。
 

 

 

昭和34年 姫路市城西校区の岩端生まれ。

生後1年6か月の私です。
岩端の借家に3人家族。父は自衛官、母は小学校の教師でした。
お風呂屋さんに行き、カレーライスが最高のごちそうでした。

  • 城西小、白陵中・高卒業
  • 昭和58東京大学経済学部 卒業 

 

自治省(現 総務省)入省(地方自治に志す) 以来28年、国・全国で地域活性化にたずさわる
オーストラリア勤務(平成6年)、北京勤務(平成9年)、パレスチナ選挙監視団参加(平成8年)など、世界数十カ国に勤務経験があります。

パレスチナ選挙監視団参加。
平成8年に東エルサレムで活動しました。現地のパレスチナ人に大歓迎を受け「顔の見える国際協力」の大切さを知りました。

 

 

平成17福井県副知事

北朝鮮から帰国されたばかりの福井県小浜市の地村保志さんと富貴恵さん夫妻(拉致被害者)の支援を担当しました。

 

平成20総務省消防庁防災課長

全国の防災対策と消防団を担当しました。

全国の防災訓練参加。

 

チリ沖地震津波の際の住民の避難誘導を消防庁で指揮。

 

全国で唯一、軽の救急車を、姫路市の家島・坊勢島で運用するお手伝いをしました。

 

 

ふるさとに帰り、姫路市副市長(平成23年7月―27年6月)

姫路市をくまなくママチャリ自転車で回りました。書写の自宅から片道2時間半の山田町の公民館の前で。

 

家島も自転車でくまなく回りました。

 

危機管理担当副市長として、台風12号(平成23年)の際に10万人の避難勧告を行いました。徹夜の連続で、寝ぐせがついています。

 

大規模地震の際に威力を発揮する衛星無線中継車(価格1億円)を平成25年に国から姫路市にもらってきました。

 

 

人口の東京一極集中をストップする都市制度「連携中枢都市」を国に提案・実現しました。
姫路市は平成27年に連携中枢都市となり、毎年、数億円、国から交付金を受けて、播磨の8市8町で広域連携により地方創生を進めています。

 

播磨の広域連携では、1500万円の国の交付金をもらうことに成功し、播磨風土記の日本酒のふるさと播磨の日本酒を全国にPRしました。播磨の広域連携のゆるキャラ「もりりぃ」と。

 

平成27年度から、姫路市は連携中枢都市となり、地方創生の交付金を受けています。内閣府まちひとしごと創生本部で打ち合わせ。

 

姫路市社会福祉協議会・社会福祉事業団理事長(平成27年7月―29年6月)

姫路市社会福祉協議会の理事長として、過疎化の進む夢前町、安富町、香寺町に高齢者の買い物支援バスを運行させました。

 

姫路市副市長の際に、姫路市内をママチャリで回りましたが、社会福祉協議会の理事長となって2回目の市内回りを実現し、地域を知り尽くしました。廃校の山之内小学校の小畑分校舎。姫路市の北端の過疎化を実感。

 

姫路駅前からバスで1時間の安富町の関集落。
かかしが人口よりも多い地域。でも、左端は人間です。

 

現在は、関西学院大学大学院 客員教授

昨年7月から「関西学院大学大学院・客員教授」として、地方創生を学生に講義しています。

 

趣味カラオケ

持ち歌「365日の紙飛行機